2011-01-30

今週の聖句 1/30〜2/12

詩篇3篇

ダビデがその子アブサロムを避けてのがれたときの歌

主よ、わたしに敵する者のいかに多いことでしょう。
わたしに逆らって立つ者が多く、

「彼には神の助けがない」と、
わたしについて言う者が多いのです。〔セラ

しかし主よ、あなたはわたしを囲む盾、わが栄え、
わたしの頭を、もたげてくださるかたです。

わたしが声をあげて主を呼ばわると、
主は聖なる山からわたしに答えられる。〔セラ

わたしはふして眠り、また目をさます。
主がわたしをささえられるからだ。

わたしを囲んで立ち構える
ちよろずの民をもわたしは恐れない。

主よ、お立ちください。
わが神よ、わたしをお救いください。
あなたはわたしのすべての敵のほおを打ち、
悪しき者の歯を折られるのです。

救は主のものです。
どうかあなたの祝福が
あなたの民の上にありますように。〔セラ

2011-01-29

色彩-1-トマト



再生時間2:40
色彩 Colours の1連目より
詩 オショチ
曲 n nagae

トマトは太陽の子供
真っ赤な色の着物を着ている

色彩-2-オオイヌノフグリ



再生時間4:37
色彩 Colours の2連目より
詩 オショチ
曲 n nagae

オオイヌノフグリは
染め物屋の子供
空の蒼で体を染めている

色彩-3-羽衣



再生時間3:48
色彩 Colours の3連目より
詩 オショチ
曲 n nagae

天女の羽衣は
虹の松原の深みどり

色彩-4-猜疑心



再生時間5:48
色彩 Colours の4連目より
詩 オショチ
曲 n nagae

幽界の色
心の晴れ間を知らず
閉じ込められた色

色彩-5-天漏り



色彩 Colours の5連目より
詩 オショチ
曲 n nagae

(天漏り)

天使のはしご
ざぁー!と降り注ぐ色
説明出来ない色。

色彩-6-あの人は



色彩 Colours の6連目より
詩 オショチ
曲 n nagae

(あの人は)

黒染めの衣を
白衣に変えた
神様から頂いた
天使の色。

色彩-7-無色


再生時間5:12
色彩 Colours の1連目より
詩 オショチ
曲 n nagae

まだ 産まれない

この世の手垢に染まらない色。

色彩-8-愛



色彩 Colours の最終連より
詩 オショチ
曲 n nagae

(愛)

静かな色
誰もが望む
美しい色。

2011-01-23

今週の聖句 1/23〜29

詩篇2篇


なにゆえ、もろもろの国びとは騒ぎたち、

もろもろの民はむなしい事をたくらむのか。

地のもろもろの王は立ち構え、
もろもろのつかさはともに、はかり、
主とその油そそがれた者とに逆らって言う、

「われらは彼らのかせをこわし、
彼らのきずなを解き捨てるであろう」と。

天に座する者は笑い、
主は彼らをあざけられるであろう。

そして主は憤りをもって彼らに語り、
激しい怒りをもって彼らを恐れ惑わせて言われる、

「わたしはわが王を聖なる山シオンに立てた」と。

わたしは主の詔をのべよう。
主はわたしに言われた、「おまえはわたしの子だ。
きょう、わたしはおまえを生んだ。

わたしに求めよ、わたしはもろもろの国を
嗣業としておまえに与え、
地のはてまでもおまえの所有として与える。

おまえは鉄のつえをもって彼らを打ち破り、
陶工の作る器物のように彼らを
打ち砕くであろう」と。

それゆえ、もろもろの王よ、賢くあれ、
地のつかさらよ、戒めをうけよ。

恐れをもって主に仕え、おののきをもって

その足に口づけせよ。
さもないと主は怒って、
あなたがたを道で滅ぼされるであろう、
その憤りがすみやかに燃えるからである。
すべて主に寄り頼む者はさいわいである。

2011-01-19

光が射し込むと

あなたの心は素直ですね。

神の光りが射し込むと人間の心は隅々まで照らされます。

自分勝手な考え方など容赦なく修正されます。
神に愛された魂の苦悩が人間を清めてくれます!

お休みなさい
良い夢を見てください
オショチ†


from Light in the Darkness: Benn’s Psalms

2011-01-18

天路歴程(83)死を越えて永遠に生きる命

あなたの生前
死を前にして
あなたが悲嘆にくれている姿を見るのは辛かった!

友は、泣き。人目を憚らず泣いていた!
しかし流した涙は無駄にはならなかった。神に届いた。

死は未知の体験。
宇宙のどこに消えて行くの?あなたの疑問に私は天国を指した。

死は!虚空の彼方の暗いあの世ではない。
孤独と不安に、苛(さいな)まれる、
あなたを見捨てはしない
神の御国が在ると告げた。

「希望と挫折は人生そのもの、生死紙一重」

長年病を友として生きてきた我らが人生は、挫折と、希望の交差の日々であった。だが病から得た教訓は、計り知れない。

耐え難い苦難と不安の共有者であった友よ!我々は挫折のその向こうに光りを視た!

今は辛くとも必ず、この向こうに再び死を見ることのない永遠の憩いの天国を確信し、励ましあい!助けあった。

友よ、あなたの運命は知らず知らずのうちに神の安らぎの御手の中にあった。

やがて体験する、我らが死後の世界は!
「神に愛された魂の憩いの天国」。

そこは、我らが永遠の住まい。再び病み、死を知らぬ離別無き光りの都!光り輝く世界。

地上生活は、仮の宿。我らは神の祝福の中に天国に安らぎ憩う。

あなたと、再会の楽しみに支えられて、友よあなたの残した命の時を今日も刻む私です†
懐かしき友へ!愛を込めて†

アーメン・ハレルヤ†
神のしもべ

15 Benn (Benejou Rabinowicz, 1905-89), Psalm 123-1photo © 2010 Will | more info (via: Wylio)

 from Light in the Darkness: Benn’s Psalms

生きる

寒い毎日です。
お身体大丈夫ですか?
何時もあなたのをこと(闘病生活を)身近に感じています。

諦めずに、前向きに頑張って生きましょう!必ず春が来ます。

ご子息、元気回復したと思います。
では、また、祈りつつ†
オショチ†

おかげさまで、息子も私も落ち着きました(闘病生活に)
これからいいことたくさんあると、前向きに考えられました。
ご心配ありがとうございます。

愛の樹ホームページ愛読者

01 Benn (Benejou Rabinowicz, 1905-89), Psalm 112-4photo © 2010 Will | more info (via: Wylio)

 from Light in the Darkness: Benn’s Psalms


2011-01-17

皆へ 聖日礼拝†のありかた 2

裕司とは昨夜、会話すみ。
裕司から来週、提案ある。
以下は皆へ 聖日礼拝†のありかたへの応答です。
なお、当日の礼拝は再録音され、こちらからお聞きいただけます。申し訳ありませんでした。



メールありがとうございます。本当に申し訳ありません。
昨晩、編集しなおすようお話もあったので、昨年末の横浜での出来事を録音、編集し、それをあらためてだしました。
日々聖霊は働き、各自がいろいろな体験をしていると思います。あらたな仕事への決心も、まったく別に見えるかもしれませんが、源はここから出ています。しかし、それが聖日礼拝に結びつかない、分かち合えない状況を、改めなくてはならないと思います。みんなで取り組まなければなりません。

また別件ですが、色彩のビデオの件、ホームページや地域のお祭り、子ども会の関係書類などが仕上がらない限り、新たな仕事への準備は気づいたことをメモする程度にしています。順番を守ります。
ーーー
裕司

*

和尚に出会ったころのことを思い返すと神様の世界に少しでも近づきたいというわくわくした思いがありました。その思いを大切にしていきたいと思います。
志朗

*

何もなかったところから、おしょちが祈りだけできて今、形になっていることを思います。

目標に向かって祈ること、そのために聖日礼拝の大切さを改めて思わされています。

聖霊が臨んでくださることを祈り求めていきます†
オカーチ

*

私たちにとって一番大事な聖日礼拝に、もっと聖霊が降り注いで下さいますようにと、心を尽くして祈っていきます†
ナオミ

*

今朝、与えられたことを、分かち合うことができませんでした。私の弱さです。
起き抜けの夢、小鳥たちの群れが、大きくうねりながら飛んでいます。弱いものは中に。傷ついた小鳥も落ちずに一緒に行けています。
いま愛の樹として私たちに与えられている変化は、個々人の救いから、群れとして、全体へと中心が移っているのではないでしょうか。そして、それは同時に、個々人の幸せを基盤としていると思いました。
この数年間、世間の中で、病棟で学んでいることも、見方を新たにするとここにつながると感じました。
みんなで、愛ある群れとしてとんでいけば、互いに弱さだめさを覆いあい、どの人もみんなとんでいけると。
拙ないですが、日田の家のビジョンでもあります。

ヨロちゃんは、ここのねこちゃんたちに受け入れられて、食事を積み重ねることで、色つやもよくなり、人(猫)相が穏やかに変わってきています。

おしょちに会える会えないではなく、聖霊にいただいてなくさずに分かち合っていくことを、転びつつでも、身につけていきます†
すみません。

かずえ

*

どうにも言葉にならずに中々返信出来ずにいました。

ひたすら祈り求める日々です。

キリストそのものの道をのみ歩いてきたオショチの道

恐ろしいほどに遥か遠い我が身を見ます。

我が身のことは何一つ求めず、全てを捨てて、人のためのみに生き、弟子たちを育て、その生きざまを私たちに示し続けて、全てを使い切ってしまった先生を前にして、それでもまだ成長できずに、頼り甘え続けている、自分がいます。

私達一人一人が心底変わって行かなければなりません!
オショチを通して頂いてきたこのキリストの愛を、真の温もりを伝えて行く者に!
今のままでは、その正反対になってしまいます!

オショチに、オショチの寛大さに頼りきり、寄り掛かりきってきた、今までの自分と別れ、注ぎ込まれたことをしっかり根本に、一人一人が芽を出し、皆で育て上げて行く、勇気を持ってその決意を!

主よ†どうかお導きを†

カズコ

*

オショチ†は身体が続く限り月に一度は聖日礼拝†を執り行いたいが
体調次第になる?

オショチ†の使命は
燃え尽きた。
後は皆の成長に任せる。
本気にならなければ、聖霊は働かないし、やがて消え去る。
人生最後の日に本気で備えよ!

*

観念的言葉は心の響きが無い。
具体的内容によってメッセージ送る訓練をしなさい!!
キリストが
全ての中心!

まだまだ、考え方が
肉の次元から抜け出して居ない。

オショチ†
*

構えた祈り、常套句の言葉など、根源的に違う。肉の響きがありすぎる。
深く新約聖書拝読してキリストの響きを響かせよ†
神のしもべ

オショチ†

見たくない自分から目を逸らしていました
卑怯でした
今この瞬間から
この醜悪さを
どんなに苦しくても
どこまでも見据えていきます
これなくして、何も始まらない

イエスキリストの御言葉をこの身に頂き、刻み込んでいきます。

絶対に諦めません!

カズコ

皆へ 聖日礼拝†のありかた

今日の聖日礼拝†の画像見たが、何も伝わらない。

小一時間、裕司に問題点を話した。

尽きるところ、キリストの愛、聖霊が存在しない。

師弟間なら師が弟子の未熟の責任を取れば済むが、病友の方と約束した、敷居の低い教会†、すなわち愛の樹教会†のホームページ制作と検索者との結び付きが途切れるとすれば大きな問題がある

ワシは死んだ者と考えて、初代キリストの弟子、特に、聖バウロのような信仰に目覚めて貰いたい。

もっと親密に積極的に信仰を学んで貰いたい。

皆に、個々に話した愛の樹教会†の今後は、やがて訪れる死に備えてのワシの遺訓だと考えて欲しい。

聖日礼拝†の具体的内容は裕司に話した。

来週はまず、其処からはじめてくれ†

虚心坦懐に聖日礼拝†のありかた、聖霊の降臨を待ち望め†

オショチ†


当日の礼拝は再録音されました。申し訳ありませんでした。こちらからお聞きいただけます。

2011-01-16

今週の聖句 1/16〜22

詩篇1篇

悪しき者のはかりごとに歩まず、
罪びとの道に立たず、
あざける者の座にすわらぬ人はさいわいである。

このような人は主のおきてをよろこび、
昼も夜もそのおきてを思う。

このような人は流れのほとりに植えられた木の
時が来ると実を結び、
その葉もしぼまないように、
そのなすところは皆栄える。

悪しき者はそうでない、
風の吹き去るもみがらのようだ。

それゆえ、悪しき者はさばきに耐えない。
罪びとは正しい者のつどいに立つことができない。

主は正しい者の道を知られる。
しかし、悪しき者の道は滅びる。

2011-01-10

愛の樹の新しい使命†

皆、それぞれ独自の個性的魅力がある

師としての存在理由はその隠れた個性的魅力を引き出し、自由自在に潜在能力を世の中に役立つように仕向けること!

人材育成に尽きる。

我が役目と心得ている。

これが神に与えられた使命である

あとは各々の能力を堅く信じて目指すところに進めば、道は自ずと開ける。

寛容さと何物にも捉われない心の自由さ、優しさ、暖かさを身に付けること!頑固者に人は心を開かないし道も開けない

『無辺在の野分→風が吹き分けて進む道を自在に作り出す!』

謙虚さは必要だが、臆病風に吹かれるな!

ごう慢になるな!

また、失敗は成功の元!ただし他人から借金は決してしてはならない!!

自己を卑しめてはならない!

新しい年!

皆の健闘を祈る†

愛の樹オショチ†


どんど焼き

「どんど焼き
弾ける竹の春の音」

まだ里山には懐かしい風習がありました。

オショチ†


photo by Ochoshi


2011-01-09

今週の聖句 1/9〜15

シラ書29:1〜13
    貸し付けと返済

奇特な人は隣人に金を貸す。
援助の手を差し伸べる人は掟を守っている。

隣人が困っているときは貸してやれ。
隣人から借りた場合は、期限内に返せ。

約束は固く守り、相手に対して誠実であれ。
そうすれば、お前の必要はいつでも満たされる。

多くの人は、借りた金をもうけ物と見なし、
援助してくれた人たちに迷惑をかける。

金を借りるまでは相手の手に接吻し、
その財産について声音を変えて世辞を言う。
返済の時が来ると期限を延ばし、
返事をあいまいにして、
都合がつかないと言って弁解する。

貸し主は、返してもらえたとしても、
    せいぜい半分しか取り戻せない。
だが、それだけでももうけ物と考えよ。
もしも、そのように考えでもしなければ、
    貸し主は財産をだまし取られたことになり、
つまらぬことで敵をつくることになる。
借り手は呪いと悪口を返し、
感謝どころか、無礼な態度を返してくる。

多くの人が、貸すことを断るのは、悪意ではない。
むざむざ奪い取られることが分かっているからだ。

    施し

けれども、貧しい人には寛容であれ。
施しを延ばして相手を待たせてはならない。

主の掟に従って貧しい人を助けよ。
その人が困っているとき、空手で帰すな。

兄弟や友人のために金を使え。
金を石の下に隠してさび付かせ無駄にするな。

いと高き方の掟に従って、富を積め。
それは黄金よりもはるかにお前のためになる。

施しをお前の倉に蓄えておけ。
それはお前をあらゆる災難から救ってくれる。

頑丈な盾や丈夫な槍以上に、
施しはお前が敵と戦うときの武器となる。

2011-01-02

今週の聖句 1/2〜08

ヨハネ1:1〜18

初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。

この言は初めに神と共にあった。

すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。

この言に命があった。そしてこの命は人の光であった。

光はやみの中に輝いている。そして、やみはこれに勝たなかった。

ここにひとりの人があって、神からつかわされていた。その名をヨハネと言った。

この人はあかしのためにきた。光についてあかしをし、彼によってすべての人が信じるためである。

彼は光ではなく、ただ、光についてあかしをするためにきたのである。

すべての人を照すまことの光があって、世にきた。

彼は世にいた。そして、世は彼によってできたのであるが、世は彼を知らずにいた。

彼は自分のところにきたのに、自分の民は彼を受けいれなかった。

しかし、彼を受けいれた者、すなわち、その名を信じた人々には、彼は神の子となる力を与えたのである。

それらの人は、血すじによらず、肉の欲によらず、また、人の欲にもよらず、ただ神によって生れたのである。

そして言は肉体となり、わたしたちのうちに宿った。わたしたちはその栄光を見た。それは父のひとり子としての栄光であって、めぐみとまこととに満ちていた。

ヨハネは彼についてあかしをし、叫んで言った、「『わたしのあとに来るかたは、わたしよりもすぐれたかたである。わたしよりも先におられたからである』とわたしが言ったのは、この人のことである」。

わたしたちすべての者は、その満ち満ちているものの中から受けて、めぐみにめぐみを加えられた。

律法はモーセをとおして与えられ、めぐみとまこととは、イエス・キリストをとおしてきたのである。

神を見た者はまだひとりもいない。ただ父のふところにいるひとり子なる神だけが、神をあらわしたのである。